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mechibonn

Author:mechibonn
年齢:1984年生まれっす
職業:教員
専攻:理科・障害児教育
性別:♂
性格:マイペース
出身:群馬の山奥
趣味:山登り・スノーボード・スポーツ観戦
群馬県で教員やってます☆
以前はこのブログで山の紹介等もやっていましたが、社会人にもなったので、好きなスポーツのことや、普段の生活のこと、たまに山のことをつらつらと書いていきたいと思います!

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2万4千年前の浅間山崩壊~金島の浅間石~
 2万4千年前の浅間崩壊の際の土砂は、利根川沿いだけでなく吾妻川沿いでも確認できます。今回は、吾妻川と利根川の合流点付近にある渋川市の金島の浅間石を見てきました。

 県道35号線を渋川市街から吾妻方面へ走り、下川島交差点の少し手前を右折し、線路を渡ります。その後は、上越新幹線の高架の真下を目指しましょう。すると、目印となる観音堂が見えてきます。
P1030415.jpg《観音堂》

 観音堂の脇を、川に向かって進めば到着です。詳しくは、こちらを参考にしてください。
 結構広めの駐車スペースもありました。
P1030410.jpg《駐車スペース》

 金島の浅間石は、高架橋の影になっていましたが、立派な解説の看板も設置されていて、ちょっと雑草は気になりますが見学しやすい環境でした。この浅間石も、岩神の飛石中之条のとうけえしと同様の赤岩です。前述の二つと違い、浅間石はその岩体の半分ほどが地中に埋まっているようでした。しかし、それでも高さ4m程、直径10m強はありました。
P1030411.jpg《金島の浅間石》

 この浅間石があるところは、広い平野になっていました。浅間石の解説看板によると、この平野は浅間の土砂によって形成された土地で、土砂が流れる前は集落があったそうです。土砂流出の際には、この場所で犠牲者が出たそうです。

浅間石の対岸にある興福寺の入口にある記念碑には、興福寺が浅間崩壊の土砂に飲み込まれたという記述があります。この興福寺一帯も、浅間の土砂の上に現在の街が建てられているのです。
P1030418.jpg《興福寺と記念碑》


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浅間(群馬側) | 11:12:38 | Trackback(0) | Comments(0)
2万4千年前の浅間山崩壊~中島町~
 群馬県庁裏の崖と同じような堆積層が見れる崖が、高崎市の中島町にもあります。
 まずは、その崖へ行くルートを説明します。大変わかりずらいので、注意しましょう。
 県道13号線を前橋方面から高崎にむかって走り、高崎Jct付近の交差点を左折し県道24号線にのります。次に、花沢運輸倉庫前の交差点を左折します。住宅団地にはいっていくと、浄水場がみえてきます。この浄水場の裏に、崖のある河原への入口があります。詳しい場所は、こちらを参考にしてください。
P1020720.jpg《河原への入口》

 この入口から、道は細い砂利道になります。入口から少し行けば、10台ほどの駐車スペースがあります。そこに車を停め、歩いて河原へ向かいましょう。

 河原へ出ると、すぐ目の前に浅間山崩壊の土砂の堆積物が現れます。この崖は、県庁裏の崖よりも低いですが、4~5mくらいの高さがありました。崖の表面などの様子は、県庁裏のものと酷似していました。
P1020702.jpg《中島町の崖》

 崖には溶岩も含まれていました。ここに流れてくるまでに削られたらしく、角は丸みをおびていました。
P1020708.jpg《溶岩》

 その他に、写真のような木も含まれていました。木が焦げた様子がないのがわかるでしょうか。この土砂が、流れていた当時も高温ではなかったということがわかります。
P1020711.jpg《崖に含まれていた木》

 河原の対岸にも土砂の層が確認できました。どうやら、ここら辺一帯は浅間山崩壊の土砂の層で覆われているようです。この様子を見ただけでも、2万4千年前の浅間山崩壊の規模がものすごい大きかったということが想像できます。
P1020709.jpg《対岸の崖》


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浅間(群馬側) | 15:40:44 | Trackback(0) | Comments(0)
2万4千年前の浅間山崩壊~県庁裏の崖~
 浅間山崩壊の土砂として確認できるものは、赤岩だけではありません。2万4千年前に流れてきた土砂の層が確認できる場所も、いくつかあります。

 群馬県庁の裏あたりにある利根川沿いの崖では、土砂の層がきれいに確認できます。場所は、群馬ロイヤルホテルの駐車場のすぐ脇あたりです。詳しい場所が知りたい方は、こちらを参考にしてください。駐車場から河原の方へ歩いていくと、高さが5~6m程ある崖が見つかると思います。
P1010156.jpg《県庁裏の崖》

 崖の表面には、大小様々な岩石が確認できます。中には、赤い石も含まれていました。飛石とうけえしと同じものでしょうか。
P1010162.jpg《崖の表面》

 ここで確認したような土砂の層の上に県庁などが建てられています。おそらく、この近辺の住宅地もこの層の上に建てられているのでしょう。もし、2万4千年前と同じ様な現象が浅間山で起きたらと思うと、とても恐ろしくなりました。


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浅間(群馬側) | 18:02:22 | Trackback(0) | Comments(0)
2万4千年前の浅間山崩壊~とうけえし~
 岩神の飛石の他に赤岩として有名なのが、中之条町にある「とうけえし」です。こちらは、飛石よりも見つけづらい場所にありました。
 国道353号を渋川方面から中之条に向かって走り、国道145号とぶつかる長岡という交差点を右折します。ちょっといくと、「ヤオコー前」バス停があり、そこを過ぎてすぐ左折するととうけえしに到着します。道案内の看板などはないので、見つけるのに苦労しました。
 もっと詳しい場所が知りたい人は、こちらを参考にしてください。

 とうけえしには、2台ほど駐車できるスペースがあります。
P1030299.jpg《駐車スペース》

 とおけえしは、民家の裏で木々に囲まれてひっそりとたたずんでいました。遠くからでは、なかなか発見しづらいでしょう。木々の間を突き進み、もっと近づいてみました。とおけえしも飛石と同じように、稲荷として祀られていました。大きさは、飛石よりやや小さく5~6mくらいの高さでした。表面は、もちろん赤色です。
P1030292.jpg   P1030297.jpg《とおけえし》

 岩体の上部には、『雷電宮』という文字が書かれた石碑がありました。意味は、全くわかりません。
P1030294.jpg《とうけえしの上にあった石碑》

 駐車スペースの脇には、とおけえしの説明文がありました。結構立派な説明文です。 
P1030291.jpg《看板》

 ちゃんと駐車スペースがあり、説明文もあるのだから、とおけえしの存在をもっとアピールすれば良いのにと感じました。

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浅間(群馬側) | 15:15:35 | Trackback(0) | Comments(0)
2万4千年前の浅間山崩壊~飛石~
 浅間山崩壊の土砂としては、赤岩と呼ばれる火山岩→用語辞典へが有名だと思われます。特に、前橋の岩神にある飛石は稲荷としてまつられていて、見学もしやすい場所にあります。

 群大病院前の通りを大渡橋方面進み、2つ目の信号ある交差点を右折するとすぐに岩神の飛石に到着します。赤い鳥居と社が目印です。詳しい場所は、こちらを参考にしてください。

 飛石は、高さが8~10m程もありそうな、立派な岩体です。こんなに大きいものが、浅間から流れてきたとは考え難いと感じるはずです。岩肌は、文献で記載されていたような「あざやかな赤」ではありませんでしたが、全体が赤い色をしていました。
P1010154.jpg  P1010152.jpg《岩神の飛石》



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浅間(群馬側) | 22:50:15 | Trackback(0) | Comments(0)
2万4千年前の浅間山崩壊~はじめに~
 浅間山は、大昔は現在よりも標高の高い火山でした。山頂は、現在の湯の平の上空あたりにありました。
 今から約2万4千年前に、その浅間山が大崩壊を起こしました。その崩壊による土砂は、群馬側は吾妻川に流れこみ、そのまま利根川に合流して関東平野まで達しました。
 現在、その運ばれてきた土砂の一部を利根川流域の何箇所かで確認することができます。


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浅間(群馬側) | 19:26:30 | Trackback(0) | Comments(0)
浅間調査報告~吾妻火砕流~
 舞台溶岩の表面を覆っている吾妻火砕流の断面です。
P1020822.jpg  P1020815.jpg《吾妻火砕流の断面》
 火砕流の上部10cm程は赤味をおびていて、その下は黒色でした。表面のほうだけ酸化して赤くなったのだと思われます。断面には大小様々な石のようなものが含まれているのが確認できました。脆くて崩れやすいだろうと思い触ってみましたが、意外と硬くて素手で崩すことはできませんでした。断面の高さは、およそ2~3mです。

 火砕流は、この断面のみえる場所から先には流れていません。そのため、この断面が見える場所から先には木々が青々と茂っていました。
P1020820.jpg《火砕流の断面が見える場所の先にある森》

浅間(群馬側) | 19:49:12 | Trackback(0) | Comments(0)
浅間調査報告~鬼押出し溶岩~
 鬼押出し溶岩は、1783年8月の噴火で流出した溶岩です。黒くてトゲトゲしているのが特徴です。
P1020795.jpg《鬼押出し溶岩》

 鬼押出し溶岩と舞台溶岩の接している場所で、鬼押出し溶岩の表面がブロック溶岩で覆われているのを確認しました。ブロック溶岩は、表面がつるんとしていて、同じような大きさに割れているのが特徴的でした。
P1020746.jpg《ブロック溶岩》

 鬼押出し溶岩の上を歩いていたら、下の写真のような赤い溶岩を発見しました。この一帯だけ赤くなっていて、遠くからでも目立っていました。溶岩の上は似たような景色が広がっているので、ちょうどよい目印になりました。
P1020804.jpg《赤い鬼押出し溶岩》

 溶岩が山頂から流れ下っている様子を撮影しました。写真の左端では、雨などによって山頂部から流れ下ってきた土砂が鬼押出し溶岩を覆っています。
P1020781.jpg《山肌の溶岩》

 鬼押出し溶岩は、鬼押出し浅間園に行くと誰でも手軽に見学できます。
 P1010753.jpg《鬼押出し浅間園》

浅間(群馬側) | 17:30:31 | Trackback(0) | Comments(0)
浅間調査報告~溶岩・火砕流上の植物~
 かつて木々や草花を焼き尽くしてしまった溶岩・火砕流の上にも、現在では何種類かの植物を確認することができます。今回の調査では、主に以下の3種を観ることができました。
P1020763.jpg《ガンコウラン》

P1020757.jpg《ミネズオウ》

P1020762.jpg《クロマメノキ》

 3種とも草のように地面を這うようにして生えていますが、これでも小低木といわれる「木」です。2004年9月の噴火時に起きた黒斑山北麓での火災は、上記の植物が燃えました。

 他の植物がなかなか生えてこないような過酷な環境に生えている、屈強な木たちです。

浅間(群馬側) | 23:25:53 | Trackback(0) | Comments(0)
浅間調査報告~舞台溶岩~
 火砕流→用語辞典へが流れると、その地は平坦な地形になります。舞台溶岩の表面は、吾妻火砕流が流れたため下の写真のようにまっ平らで、文字通り舞台の上に立っているような気分になりました。
P1020748.jpg《舞台溶岩の表面》
 鬼押出し溶岩の表面と比べると、その違いがハッキリとわかると思います。
P1020795.jpg《鬼押出し溶岩の表面》
 
 舞台溶岩上には、火砕流堆積物の他に、20世紀の噴火時に噴出された火山弾→用語辞典へが確認できました。
P1020753.jpg《20世紀の火山弾》
 火山弾の周りの植物が燃えた形跡がありません。ここに着弾した時には、この火山弾はすでに低温だったのでしょうか。

 舞台溶岩の上にも、吾妻火砕流で覆われていない箇所があります。その箇所は木々で覆われ、森となっています。
P1020774.jpg《鬼押出し溶岩の上から撮った舞台溶岩》
 上の写真では、火砕流に覆われいる箇所と、森が残っている箇所の境目がハッキリと確認できます。1783年に吾妻火砕流が流れ下る前までは、舞台溶岩全体が木々で覆われていたのでしょう。

浅間(群馬側) | 22:55:47 | Trackback(0) | Comments(0)
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